演奏とは歌うことである

今でこそ、一般の我々でも「アーティスト」「ミュージシャン」とか「楽曲」なんて言いますが、一昔前はみんな「歌手」「歌い手」とか「うた」って言っていました。
なんか、まんがをアニメって言うようになったのと似てますが、こんな昔の言い方、演奏形態の変化があるとはいえ、私はあながち悪くないと感じています。
と言うのは、演奏とは「歌う」ことだからです。
楽器の練習は筋トレ?
ロックギタリストは流麗な速弾きやトリッキーなテクニックに憧れて、どれだけ指が動くかを競いあい、ロックドラマーは凄まじいスピードのブラストビートやツーバスを駆使して、テクニックを競い合いたがります。
確かに、速くトリッキーな演奏ができることは大きな武器になりますし、指や手足が良く動くことは演奏の自由度を高めてくれる重要な要素。
従って、その為に行うメカニカルな反復練習を欠かさないのは当たり前です。
が、かなりの速弾きフレーズに指がついていけるギタリストが、ロングトーンを多用した印象的なソロフレーズやオブリガートをカッコよく弾けなかったり、ハイスピードのスラッシュメタルを練習しまくっているドラマーのフィルインフレーズがどうしようもなくダサかったり・・・・
こんな人、かなりいますよね。
速いフレーズ、難しいフレーズを演奏する為のメカニカルな練習というのは、フィジカルトレーニング。要は筋トレです。でも我々がやっているのは音楽であり、筋力だけではダメ。
ではどうすればよいのか?
答えは簡単。
自分が演奏するフレーズを歌えば良いのです。
そもそも音楽とは、頭の中にあるフレーズを自分の身体を使って再生するものです。
なので、逆に言えば頭の中でうたえていないフレーズを演奏をするとしたら、それは単なる筋肉の運動、つまり体操をしているだけってことになります。
再生する為のハードウェアである身体だけを鍛えても、再生すべきフレーズというソフトウェアが無ければ意味がないのです。
速くて複雑な演奏をするだけなら、今の時代、コンピューターやロボットに任せれば事足りますよね。
何故バンドマンは歌わなくなったのか?
80年代、ハードロック、ベビーメタルの大ブームが巻き起こり、ヴァン・ヘイレンをはじめ、ハードロック、ベビーメタルのアイドルギタリストが次々と誕生しました。
これに大きな影響を受け、日本のアマチュアバンド界は
ロックバンド = ギターの大音響と速弾き
と言う価値観に取り憑かれます。
これにより、日本のアマチュアロックバンドはどんどんギタリスト至上主義に偏向していきます。
更に当時の音楽雑誌もその風潮を助長するように、ギター以外のカリスマ性の高い楽器奏者をアイドルに祀り上げはじめ、それに引き摺られてアマチュアのバンドマンが彼らを崇拝し始めます。
これが行き過ぎたことにより、アマチュアバンド界では楽器を持たないボーカリストというポジションを軽視する雰囲気が作られました。
本来は喉という楽器を使って演奏するのがボーカリストなんですが、偏った楽器崇拝により、物質としての楽器を持っていないボーカルは
「楽器が出来ないヤツがやるポジション」
となってしまったわけです。
更にこの時代、国内にはお手本と呼べるロックバンドのボーカリストは殆どおらず、果ては
「外人は喉の強さが違うから日本人には真似出来ない」
なんて迷信が、まことしやかに囁かれていました。
ボーカルをフューチャーしたメディアも皆無に近い状態だったというのも、こんな迷信がはびこる事態に拍車をかけた一因でしょう。
こうしてアマチュアロックバンドはそれぞれのパート楽器を持ちより、スタジオで音を鳴らして喜んでいるだけの集団となりました。
音楽の根幹であるべき歌を軽視し、テクニック至上主義により、フレーズを歌わなくなっていったのです。
ちなみに、ヴァン・ヘイレンの本当の凄さは、実は速弾きではありません。
印象的なロングトーンのフレーズをカッコよく演奏できる類い稀な歌心と、それを完璧に再生できるフィジカルがあるからこそ、彼の演奏は速弾きのフレージングでさえ歌っているように聞こえるのです。
また、長く愛される彼らの楽曲の良さは、ギターのテクニカルなフレーズの凄さ以上の魅力を持っており、その中心はボーカリストであるデイビッド・リー・ロス(後にはサミー・ヘイガー)の歌とパフォーマンス、更にそれを最大限に引き出す演奏とのアンサンブルなのです。
だからバンドがカッコいいのです。



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